ギャンブラーの時事放談

事件事故の真相を鋭く斬りこむ現場監督のブログです

時代を駆け抜けたアイドルたち 4  1986年のマリリン " ありがとう 美奈子 "

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昨日、美奈子の三回忌追悼会が朝霞市民会館「 ゆめぱれす 」にて行われました。
今回、私はこの場にスタッフとして参加することができました。それというのも、ファンクラブに入った後、11月6日の三回忌法要をお寺で行うのですかと問い合わせると同時に、もし執り行うのであればお参りは予定を変更する旨の手紙をBSCのほうへ送りました。追伸でもしイベントで人手が足りなければお声をお掛けくださいと一文を添えて返事を待っていました。
それから3週間位してファンクラブから届いた郵便に入っていたのが、今回の追悼会の知らせでした。
その日の夜(私がメールを読んだのは翌朝)、ファンクラブのメンバーから届いたのはボランティアの依頼でした。
私が聞きたかったことと少し方向が変わってしまったような気がしましたが、断る理由もないので、ましてそれが美奈子のためなら喜んで手伝いたかったので即答しました。
ただ、この流れは明らかに美奈子が私を導いてくれたのと彼女が歓迎してくれていると感じました。
そして昨日、スタッフとして参加するに至りました。朝8時から夜10時過ぎまでかかりましたが、総勢20名の仲間たちと美奈子の為にこの会を成功させるべくみんながんばりました。
私たちBSCのメンバーは、ホール最前列を事務所から提供されしばしの間ステージを楽しむことができました。
ミュージカルで共演した仲間たちが迫力のある歌を披露して彼女の思い出を語ってくれました。
最後のアメージンググレイスのコーラスは、総勢40名からのミュージカル俳優の迫力に圧倒されるのと、感動と美奈子への想いで涙が止まらなくなってしまいました。
ステージが終わった後、機材の撤収や整理を済ませようやく作業終了を迎えるとボス(高杉社長)や美枝子ママが労いの言葉をかけてくれました。凄く身近に感じることができました。ほかのスタッフはもう顔見知りの人が殆どでこの中に入れたことだけでも本当に満足で有意義な一日を過ごせたと思います。
このファンクラブへ入る流れを作ってくれたのも美奈子ですし、この場面に導いてくれて最高の感動をプレゼントしてくれたのもすべて美奈子です。私は流れに身を任せていただけでした。
「 ありがとう 美奈子 」、今心からそう言うことができます。美奈子の三十三回忌までは生きていられそうにありませんが、これからもみんなと一緒に、美奈子が残してくれたものを守っていくつもりです。
今度は名古屋でLIVE FOR LIFEのイベントが開かれるそうです。私は行けるかどうかわかりませんが、できるだけスタッフ参加できるように前向きに検討するようにします。